それでも雨が降るときは

ホリスティックに発達障害とつきあう

なつかしい故郷

f:id:Manakawase:20181112171242j:plain

 

以前は月に1本くらい映画を観に行っていましたが、

最近は忙しくてなかなかそれもできません。

観に行きたい映画はいくつかあるのだけれど、

わざわざ忙しい合間を縫ってというほどでもなく、

そうこうしているうちに時間が経ってオンデマンドで観れるようになるので

別にいいか、と思ってしまいます。

 

けれども先日、オンデマンドでは観られなさそうな映画があったので

都心に行ったついでに観に行きました。

私にとって、心のふるさととでもいうべき街が舞台になっていたからです。

 

www.youtube.com

 

私は某県の出身で、高校卒業までその地で過ごしましたが、

ふるさととして懐かしく想う気持ちはこれっぽっちもありません。

これは、私が長期記憶が悪いこと(自閉症者にはめずらしく、

短期記憶よりも長期記憶に問題があるようです。詳しくはこちら)もあり、

高校の頃の記憶すらおぼろげになっていることもあります。

昔の友人に昔話を懐かしくされても、私にはピンとこなかったり。

1億円もらっても子どものころには戻りたくないというほど

ロクな想い出が記憶の中にないので(悪いことばかりではなかったのだろうけど)、

出身地がふるさとだという意識はまったくありません。

 

それよりも、インドのこの街の方がふるさとと言えるかもしれません。

かつて私は、現地の古典音楽を習いに彼の地と日本を行ったり来たりする

という、ちょっと変わった生き方をしていました。

習い始めて5年ほどして師匠が亡くなってしまったので、

ほかの土地にも行きましたが、その後も歌のお師匠さんに音楽理論を習ったり、

おそらく今でも現地に住んでいる姉弟子に会いに行ったりしていたので、

かれこれ、合計で3年以上(もっとかな?)はこの土地で暮らしたかと思います。

 

酷暑期には45度を超え(しかも毎日停電がある)、冬は日本ほど寒くはないけれど

ストーブなんかなく、炭をたいてましたっけ。

今日は水が来るかなとか(断水はしょっちゅう)、

サルに洗濯物を持ってかれないようにしなきゃとか、

牛(ときには犬だとか、おそらく人間も?)のフンを踏んでしまっただとか、

日本にいるときとは悩みのレベルが全然違っていました。

 

すっかり日本の生活に馴染んだ感覚で映画を観てみると、

よくまあ、こんな土地と日本とを行ったり来たりして生活してたなと

我ながら感心します。

日本にいるときは、フツーの会社で派遣社員として働いたりなんかもしてましたから。

 

思えば、昔は本当に、日本のペースに合わなくて、

あの街のスローなペースが恋しくて恋しくて、

いつも「早く帰りたい」と思っていたものでした。

音楽をやりたかったこともありますが、日本人のペースについていけない

ポンコツな自分を受け入れてくれたのがこの街だったのかもしれません。

この街、この国に育ててもらったと言っても過言ではないと思っています。

 

こんな別世界にいたんだから、帰国したときには馴染めなくてキツかったけれど、

そのうちにだんだん、背中にスイッチでもできたかのように、

「日本仕様」と「インド仕様」を空港で切り替えられるようになりました。

それでも、あちらに行くときより日本に帰国するときの方が緊張してましたけどね。

ちゃんと日本人らしく振る舞えるかなって(笑)。

帰国して家族の元に帰れたわけではなかったので、

インドに行っていてズレている(元々のズレに加えて)

自分と社会とのクッションになってくれる存在がなかったのです。

ズレを隠して、すぐさま仕事を探したりしなきゃならないのはしんどかった。

たぶん今でも、あちらに行けば、素の自分に近い状態でいられるんでしょうけど。

 

映画は、歌ったり踊ったりのインド映画とは違って地味~~な映画なので

客層はかなり年齢層が高かったですね。

出てくる景色もヒンディー語も懐かしかった。

実をいうと、とりたてて感動したというほどではなかったんですが、

あらためて、現代の日本人とインド人の生観はこうも違うものなのかと思いました。

 

そういえば、数年前に最後に訪れたとき、

私はまだこれから先も来るだろうと思っていたのだけれど、

子どものころから20年近く知っている妹みたいな存在の子が

「私たちのこと、忘れないでね」なんて永遠の別れみたいなことを言うので、

「何言ってんの。また来るよ」と言ったのだけれど、

インド人というのは勘が鋭いのでしょうね。

 

その後、最後の朝に川沿いを散歩していたら、

遠くで野外コンサートをやっているのが聞こえてきて、

その曲はコンサートの最後に演奏するラーガ・バイラビという曲でした。

それで何だか、この街からお別れを告げられているような気がしたのです。

 

帰国後、糖質制限と栄養療法を知って人生が一変し(大げさなようだけれど本当)、

人生が予期せぬ方に進んでいます。

いまだに音楽はひっそりと私の生活の一部ではありますが。

落ち着いたらまた行きたいと思いつつ、

以前ほど切実に思っていない自分にも気づいている。

 

映画を観て懐かしいとは思ったけれど、

帰りたいと思うことは残念ながらありませんでした。

長期記憶の悪い私の脳みそは過去を懐かしまないようにできているのかもしれません。

傍から見てどんなにパッとしない毎日であっても、

問題が多々あっても、どういうわけか、

過去に戻りたいと思うことはこれっぽっちもなく、

いつでも今がいちばん。

 

悪いことばかりが残りがちな脳みそは必ずしも悪いことばかりではなく、

常に前を向く(向かざるを得ない?)仕様になっているのかもしれません。