それでも雨が降るときは

ホリスティックに発達障害とつきあう

発達障害という枠組みを使ってどんな人生を送りたいのかが重要

f:id:Manakawase:20190601221342j:plain

 

最近思うのは、発達障害という診断を受けたことで、

あるいは、発達障害があるかもしれないと気づいたことで、

その後の人生がどうなっていくかは、

発達障害という枠組みを使ってどんな人生を送りたいかが重要だということ。

 

幸か不幸か、「発達障害」なんて概念が知られてきた時代に

人生の半ばにしてその問題に気づいた場合、

無視することもできるし、

自分の特性をよく知って生き方を再構築することもできるし、

自分は不幸だと言って世の中を恨むこともできるわけです。

すべて自分の選択次第。

 

私の場合は、十数年も前に新聞記事でアスペルガー症候群について知って

自ら診断を求めに行ったのだけれど、

最初のクリニックでは検査結果をひた隠しにされ、

2つ目のクリニックでようやく

「自らの特性を理解して、よりよい人生を送りたいってことだよね?」

と医師にわかってもらえました。

 

そうであっても、実際に診断が下って人生の謎が解けた後も

栄養療法に出会う前は十年以上も、いったい診断を受けたことって

意味があったのかと疑問に思うことも多々ありました。

 

今となれば、発達障害のさまざまな症状を改善する情報は数多く手に入ります。

それが実際に自分に効果があるのかどうかはわからなくても

その気になれば片っ端から試してみることだってできる。

 

それとは逆に、発達障害は生まれつきだから絶対よくなりっこないと信じて、

自分の一挙手一投足を取り上げて「ああやっぱり、発達障害だから」

と自分に言い聞かせて、縛りをかけることもできるわけです。

 

すべて自分次第。

 

別に定型発達者のようにならなくてもいいわけだし、

そのように振る舞えない自分を責めなくてもいいわけだし。

まずは社会で働いて稼げる体力(結局これがいちばん欠けていたりする)

をつけて、あとは潔く「変人」のレッテルを受け入れることができれば

人生そんなに大変じゃないのかも、と思うのだけれど

(それでもまあ、大変だけれど)。

 

要は、これからの人生をどう生きていきたいか。

ひょっとしたら100歳まで生きちゃうかもしれないけれど、

生きづらい生きづらいと言いながらあと何十年も生きていくのって

嫌じゃありませんか?

 

 

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

こちらもご参考に。

ガイド 壮年期のアスペルガー症候群:大人になってからの診断は人生をどう変えるか

ガイド 壮年期のアスペルガー症候群:大人になってからの診断は人生をどう変えるか

 

こちらもよろしく。